推薦者一覧
yoshiharu takui(1) あまぶん公式推薦文(26) いぐあな(1) きづき(1) きよにゃ(6) なな(11)
にゃんしー(9) ひざのうらはやお(8) ひじりあや(5) まゆみ亜紀(5) まりも(1) まるた曜子(8)
オカワダアキナ(13) キリチヒロ(3) ハリ(1) 宇野寧湖(7) 海老名絢(3) 犬尾春陽(1)
孤伏澤つたゐ(7) 高梨來(25) 紺堂カヤ(2) 佐々木海月(1) 咲祈(1) 三谷銀屋(3)
小高まあな(4) 新島みのる(10) 森瀬ユウ(1) 森村直也(1) 真乃晴花(3) 壬生キヨム(6)
杉背よい(1) 世津路 章(1) 正岡紗季(5) 西乃まりも(1) 泉由良(2) 想詩拓(1)
第0回試し読み会感想(9) 第一回試し読み会感想(3) 津木野由芽(1) 藤和(1) 凪野基(16) 南森町三郎(1)
白昼社(1) 匹津なのり(1) 氷砂糖(3) 服部公実子(1) 服部匠(5) 並木陽(2)
泡野瑤子(5) 鳴原あきら(5) 木村凌和(1) 柳屋文芸堂(11) 悠川白水(1) 夕凪悠弥(2)
容 (@詩架)(1) 綺鱗舎(2)

高梨來さんの推薦文一覧
選び取る、ということ
日本と地続きにかつて存在していた架空の独立軍事国家をたったふたりで崩壊させ、そこから生き延びた男女二人の逃避行とその後の愛の軌跡――乱暴な言い方をしてしまえば、そういった切り口で語られる物語なのかもしれない。しかし、この物語は酷く淡々と冷静に、突き放されたかのような温度で進む。
「普通の暮らし」をしたいとしきりにいう全と昴――双子の兄妹だというが、容姿から話口調から似ても似つかない様子で、彼らの暮らしはごっこ遊びのようだ――不穏な気配を漂わせる日常の中で、全が記した「物語」の形をとって、彼らが国で過ごした時間は語られる。
人々を狂わせる肉欲、性行為を堅く取り締まることで自由と節度を守られた「幸せな国」 現実の日本と隣り合わせに存在するという国のあり方、いびつさを抱えながらも国を愛し、そこでしか生きられない人たちの生き様を、徹底した緻密さで、読み手の世界に呼び起こすようにありありと描き出す。
主人公である湖東全は男の肉体を持ちながら稚児として僧侶に抱かれ、少女たちを脅かさない存在として、本来出入りを許されないはずの女子校舎で女生徒たちと勉学を学び、彼女らに当然のように慕われる。
誰もに等しく優しく、決して誰のことも傷つけない全は周囲の人間に愛されるが、他者を愛すること・欲望を抱くことを知らないまま、それらを当然のこととして受け入れてきた彼は誰のことも選ぼうとはしない。
そんな全が初めて「選んだ」相手は、同じようにこの国の歪みを「性行為」という形で引き受け、そんな国の成り立ちを自らと同じように憎んでいた巫女・幸妃昴だ。

選びとる、ということは(乱暴な言い方をしてしまえば)選ばなかった方を捨てることだ。憎み続けた国を、そこで共に過ごした、最期まで愛することの出来なかった人たちを――すべてを捨て、愛するたったひとりを選ぶ。それは、ずっと憎んでいた自身を受け入れ、愛することとも繋がっていた。新しい国をふたりで作ろうと決意をし、前を向こうとする二人の姿にはほんとうの意味での「愛すること」のひとつの答えが照らし出されているかのようだ。

全が国での出来事を「物語」として記したように、「物語」の形式を取ってしか描けない、魂の本質を射抜くような衝撃を残す一冊。
タイトルともだちの国
著者にゃんしー
価格600円
ジャンルJUNE
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煌めきの欠片に包まれた「誰か」のいた夏の記憶
「あの夏の話をしよう」
印象的なタイトルと、抜けるような青空と海のまぶしいほどのコントラストが焼き付くような印象を与える、掌サイズの美しい一冊だ。
手にとって開けば、そこからあふれ出すのは美しい写真と、きらきらとまばゆくあふれ出す言葉たち。(余談ではありますが、著者である実駒さんをモデルとした「みこまさん」の登場するまんが「みこまさんの理想的就職」の中で、みこまさんがキーボードを叩くのにつれて、水晶のようにきらめく言葉があふれ出す一場面を思い起こさせます)
閉じこめられたいくつもの言葉たちにはどれも喪失の気配、戻らない「あの夏」の美しくも儚い永遠の日々が刻み込まれているかのようだ。

時は過ぎ、感じた想いも、過ごした時間もすべては流れるままに過ぎていく。すべてと共に、永遠に生き続けることは出来ない。だからこそ、わたしたちは「言葉」を、そこで得た想いを刻みつけるのだろうか。静けさの中で感じるいくつもの気配は、どこかもの悲しくも凛と美しい。

この小さな本の中に閉じこめられているのは幾人もの気配、「誰か」が見たもの、得たもの、失ったものの記憶だ。
入れ替わり立ち替わり現れる人たちとのほんの一瞬の出会いと別れ、切り取られた心象風景はポツンと胸に落ちた滴のようにいくつもの感情の色を落とし、目の前を過ぎ去っていく。
「言葉」の中ではわたしたちは何にだってなれる。どこへでも行ける。それは、こんなにも自由だ。
タイトルあの夏の話をしよう
著者実駒
価格100円
ジャンル詩歌
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どこかへいってしまったものたちへ
実駒さんの言葉はいつも、ふわふわきらきらとした青色の惑星を浮遊するようにきらめいている。
言葉の上を青色の蝶の影がふわりと横切っていく美しい表紙で彩られた掌サイズの文庫本を開けば、そこに綴られる文字は活版印刷風のクラシカルなフォントで刻まれている。
旧漢字で綴られた言葉を目と心の両方で追ううち、わたしたちの心はふわりとここではない物語の世界の中へと引きずり込まれる。
綴られた五つの小さな物語はいずれも、切り取られるモチーフは異なれど、「喪われていくもの」に目を向けた光景だ。

「別れ」とは小さな死だ。
離ればなれになった、もう二度と会えないであろう相手が、手放してしまった思いが幾つもある。私の中で彼らは――彼らの中の私もまた、「死」を迎えているのとまるで変わらない。人は誰も皆、たくさんの亡骸を引きずり、引きずっていることすら忘れて生きている。
小さな死をたくさんこの身に抱えながら、私たちはそれでも、朽ち果てることなどなく、生きているのだ。

「追憶のための習作」
と冠された通り、ここに詰められているのは、喪われていくもの・喪ってしまったものを優しく見守るかのような穏やかな想いだ。
表紙をめくってすぐに目に入るメッセージ。その一言の祈りは、読み手の心をまっすぐ照らし出す。
そこに刻まれた言葉と、その先に続く光景がなんなのか――それは、実際に本を手にしたあなたに確かめてほしい。
タイトル追憶のための習作
著者実駒
価格300円
ジャンル掌編
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それでも、「戦うこと」からは逃れられない
共依存状態の関係にあった姉からのゆるやかな支配を逃れ、めまぐるしく時の流れる東京の街から「バクダン」を自ら抱えたままの主人公湯田郡司はあらかじめ時間の流れの滞留したかのような海辺の街へとたどり着く。
欠陥だらけの身体と心を引きずりながら消極的な死に憧れ、怠惰に流れゆく日々の中を生き延びる彼は射精困難と乳汁分泌という男として恥ずべき欠陥を抱え、同僚のアランからは「抱きたい」と性的な誘いを持ちかけられながらも、のらりくらりとそれを交わす日々を過ごす。
「去勢された男」とでも言うべき空虚を抱えた彼は姉との暮らしの中でも「男」でありながらどこか性的に搾取されていた立場であり、そこから逃げ出すために飛び出した先でも「男」としての自身を喪失したままの危うい存在であることが示唆される。
逃げ延びたはずの街でも、かつての姉の姿をした少女の影と、殺してしまったはずの海月の幻影は郡司を捕らえ続ける。

終始停滞した「生」の中を、あやふやに生き延びる郡司を、幻の少女は、七美は、アランは、無理矢理に腕を引っぱるように「生」へと引きずり出す。
自らを手放したい、と消極的な死を望みながらも社会から自分を完全に切り離すことも、姉に与えられた携帯電話とコート、そのポケットに持ったままの不発弾――あめ玉を捨てられない郡司は、社会に埋没することを望む空虚な抜け殻のようだ。

『消極的な死』に焦がれていたはずの彼は、その実誰よりもつながりを断ち切られることを恐れ、相反する位置に存在するかのように見えた「生」に執着していたことを気づかされる。凪いだままのように見えた海は荒れ、巻き起こる波は否応なしに郡司をさらおうとする。
生きることを自ら選んだ彼は、自らを淡く捕らえ、追い続けてきた姉を――その偶像すべてを受け入れ、赦すことを決意する。高らかに鳴り響く玉音放送により、戦争は突如終結する。それでも、それは決してすべての終わりではなく、「平坦な戦場」を生き延びなければいけないという新たな始まりに過ぎない。

夢とうつつを行き来し、幾重にも絡められた仕掛けにからめ取られる物語は読み手を現実と物語のあいだに存在するぽっかりとした「隙間」に引きずり込み、手を離してはくれない。読み手に「向き合う」ことを余儀なくさせる強い引力を持った、圧倒的な物語体験を果たさせる一冊。
タイトルぎょくおん
著者オカワダアキナ
価格400円
ジャンル大衆小説
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それでも、『希望』という名の光はここに
死の世界として荒廃した地上を追われ、変化の無く平穏な、まがいものの幸福で形作られた世界に生きていた「私」は祖母の部屋で見つけたかつての荒廃する前の世界の地図と、彼女の記憶の中でだけ生き続けていた失われた世界を探し求めるため、あてのない旅に出る――

物語は、厄災が溢れ、荒廃していた「まがいものの幸福」で守られる現代を遡り、過去へと巻き戻される。
人を寄せ付けない「死の森」へと降り立ったリシュームはそこでひっそりと生きる人々、彼等が森の奥に覆い隠し、守ろうとしてきた物の存在を知る。
どこかもの悲しく、それぞれ固有の寂しさを抱えた彼等の交わす言葉のひとつひとつは、本音を覆い隠したような余韻と心の色を読み手に映し出す。静かな寂しさを滲ませる彼等の紡ぎ出す言葉や、そこに潜んだ感情の欠片たちは滅び行く世界を、やがて否応なしに訪れるであろう「死」を、「最期」を目を逸らさずに見つめながらも、凛とした美しい魂のありかを示す。

「ここではない世界」
秩序のあり方も、社会の成り立ちも、そこで生きざるを得ない人たちに去来する思いもわたしたちが生きる「いま・ここ」とは違う場所を、そこに息づく人たちの移ろう魂のあり方を、澄んだ力強い筆致は色鮮やかに克明に描き出す。それはまるで、この宇宙が生まれた一三七億年の年月の中で照らし出された光のほんの一瞬のきらめきを切り取ったかのように力強く、どこか儚い。

感情を切り開き、見たことがない景色・感じたことのない思いへと連れ去ってくれることを楽しみに書物を開くわたしにとって、この物語の開く世界に導かれている時間はまるで、降り立ったことのない星に招かれ、長い長い時間をかけて彼らが紡いできた軌跡の一端をほんの僅かにだけ覗き見ることを赦されたような、そんな不思議な感覚を残してくれました。
物語の結末、「城」の中に閉じこめられることを選んだ彼が自らを捕らえた檻を抜け出した後、託された「希望」が息づいていたことを、長い長い時間をかけてバトンを受け取った「私」は自らの目で確かめる。
地上を食いつぶし、まがいものの平穏な世界を守ることで生きながらえた人間たちの力の及ばないところで「生命」はその根を絶やさずに生き続けていた。指先で僅かに触れた星のあとさき。そこに潜んだ光のきらめきとあたたかさに、胸を掬われるかのような余韻をいつまでも残す一冊。
タイトル星の指先
著者佐々木海月
価格500円
ジャンルファンタジー
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すべての「生存者」たちへの贈り物
大人とはある一定の年齢となれば、何か特定の経験を積めば自ずとなれるものではなく、みな不完全で危うい子どもの自分を覆い隠す仮面を付けて演じているだけなのかもしれない。
成長過程の危うい体と心を持て余した思春期の少女たちを保護者から一時的に預かる「学校」という場を主に舞台としていることから、受けたのはそんな印象でした。
自分を変えよう、と踏み出した聖羅はひょんなことからサディストだという保険医の先生、秋人と恋人になるのですが、凝り固まった聖羅の体と心を文字通りほぐしてくれた秋人もまた、表の顔である「保険医」と裏の顔である「サディスト」の仮面の下で、癒えない傷を抱えた子どもであることが示されます。
大人とは結局は幾つもの傷を抱え、時にそれをやり過ごして、それでも生き延びることを諦めなかった生存者であり、今現在もがき苦しむ子どもたちに出来ることがあるとすれば、彼らに真摯に向き合い、寄り添うことなのだろうか。
問題を抱えた生徒たちと向き合うことは、かつての少女だった自分と共に生き続ける聖羅への問いかけのように重くのしかかります。

重いテーマを扱ってはいますが、空想と現実の世界を行き来しながら、初めての恋人や友達との関係性の築き方、はたまた自分らしいスタイルの見つけ方に四苦八苦し、時に空回りする聖羅はとてもチャーミング。起伏のある展開と個々のキャラクターの魅力を軸に、どんどん読ませる力に溢れています。

逃れられない過去を受け入れ、赦すこと。本当に大切な物を選ぶこと。
不完全な思いを預けあい、時に傷つけあいながらそれでも「誰か」と共に生きることを通して、聖羅は自身の生きる道を見つけ、自分を守ってくれた空想の世界を手放す決意を決めます。
自分の居場所を、手に入れられるかもしれない安寧を手放してでもすべきことを追い求め、旅立とうとする聖羅の姿はどこか、物語の虚構の世界を通して違う人生を生き、そこからまた現実へと戻っていく私たちにも重なるよう。
全ての「生存者」たちへの優しいまなざしに心を掬われるかのような、とても優しい物語でした。
タイトル白蜥蜴の夢
著者宇野寧湖
価格800円
ジャンル恋愛
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結局、ことわりさんって誰なの?(なんて聞くのはナンセンス!)
「ふとそこで思いもよらぬ行動が必要となり、フライドポテト。」

のっけからこれである。ピコピコハンマーで通りすがりざまに叩かれたようなインパクトだ。

短歌や俳句とは作者本人のバックグラウンドを踏まえて私小説的に読み解くものだという一説を耳にしたことがある。
わたし個人はその伝統(?)に関しては「なんだよそれ、本人がそうだって言ってないんなら作者と作品は切り離してくれよ」と断固反対したい。

「作品は作者から独立しており病気のひつじの栞が落ちる」

キヨムさんも作中でそう仰っていることですし。ね?
そこでこの『ことわりさん』である。

【ぼくが死ぬとき】
歳の離れた恋人との無理心中を試みる歌なのだろうか。旧仮名遣いを交えて綴られ、視点を行き来して描かれる関係性に「この人たちは?」と不可思議な心地にさせられる。

【殺人幻想】
キヨムさんの言う「中二病」を歌った短歌とはこのことだろうか。

ああ失敗をしてしてしまつた死出の山 はき慣れた靴でくればよかった

あくまでも「幻想」なのだ。幻想から抜け出せないどこかふがいなさがつきまとうが、それすらも滑稽でチャーミングだ。

【星を殴る】【自殺に立ち会う】
どこかやんちゃな言葉たちが綺羅星のようにこぼれ落ちる。この主人公は男? 女? いや、想像上の少年? 呆気にとられるこちらを後目に、キュートに軽やかに言葉は駆け抜け、走り去っていく。


……さて、この歌を詠んだキヨムさんとはどんな人なのか。「ことわりさん」とは誰なのか。
はっきり言って、読めば読むほどにわからなくなる。いや、わからなくていいのである。何にだってなれる、どこへだって行ける、言葉は想像力を翼に、こんなにも軽やかに跳躍出来る。それが、三十一文字のリズムの持つ魔法なのだ。
短歌はこんなに自由だ。こんなに軽やかだ。こんなに楽しい。短歌の楽しさと可能性に触れられる一冊。

余談ではありますが、筆者であるキヨムさんには以前イベントでお会いしたことがある。Twitterや作品から受けるイメージ通りの、朗らかでかわいらしい方だったということをここに記します。


最後にこの場を借りて私信
キヨムさん、いつになるかわかりませんが、とても楽しい歌がたくさんあったのでそのうち解凍させてください。
タイトルことわりさん
著者壬生キヨム
価格200円
ジャンル詩歌
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やがて飛び立つ、その日の為に
現在の、そしてかつての。
それぞれの居場所で空を仰ぎ、大地を蹴り、大空へと羽ばたこうとする凛とした強さを感じさせる少年少女たちの紡ぎ出す四編の小さな物語が収録されている。
彼らは自らの居場所を見据え、力強く「今」を生き、遠い空を仰ぎ、そこへと羽ばたく夢を忘れない。
「魔女」と呼ばれる祖母のもとでひっそりとモラトリアムな日々(彼自身がそう自覚しているのである)を過ごす少年と少女の出会いとかけがえのない夏、月世界で生きる人々と彼らと共生するアンドロイドとのある一日を描いた近未来、戦火の降り注ぐ日々の中、戦いの舞台を降りることを余儀なくされた「女神」と飛行機乗りの出会いを捉えたファンタジ――舞台を幾つも乗り換えながら描かれるのは、「生きる」ことと向き合うという彼らのあり方だ。
未来へと進むため、そこで新たな出会いを得るため――彼らは空を仰ぎ、遠い場所を目指す。迷いのない力強い生き方は、読み手であるこちらを揺さぶり、背中をそうっと押してくれるよう。
いまを生き、未来を夢見、「そら」へ希求することをやまない少女ニキとかつての少女メグのきらめきと鮮やかすぎる魂のコントラストが印象的な「いざよいの夏」、「雲曳きの配達人」の二編、世界の成り立ちを過不足無く・かつ説明過剰ではなく噛み砕いた形で描き出しながら「万物の流転・魂はどこからきてどこへ行くのか」を、それぞれに異なった形で与えられた「限りある命」を持った人間とアンドロイドの魂の交流を通して描き出す「ピートの葬送」を経て、魂を運ぶ「宇宙船クジラ号」の軽やかな飛翔により、物語は鮮やかに幕を下ろす。
「魂の飛翔」に触れられるかのような、心を踊らせてくれる一冊。
タイトルヴェイパートレイル
著者凪野基
価格300円
ジャンルファンタジー
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言葉は舞い降り、そしてはためく
ホワイトとレモンイエローのコントラストの美しい表紙を開くと、レモンイエローの遊び紙の向こう側に、清冽とした響きを秘めたタイトルが並ぶ。
短歌や俳句を元に「解凍」された言葉たちは、誰かの岸辺から流れ着いた言葉たちが解き放たれていくのを見守るようなさざ波をやわらかに巻き起こす。
「わたし」と「あなた」の織りなす物語はどれも、ひとところには留まっては居られない寂しさ、幾重にも広がる追憶の色、喪失の哀しみ、それでも絶えず残り続ける想いの在り処をそっと手渡すかのように、こちらへと差し出してくれる。
「物語」は言葉に翼を与える。わたしたちは何にでもなれる、どこへでも行ける。
宇宙へと軽やかに飛翔した言葉たちはひらりと旋回してわたしたちの手の中へ降りてくる。

遠い光のようにきらめいて見える「彼ら」の物語が連なりゆく中、「それでもわたしたちは自分以外の何者にもなれない」と、軋んだ想いが解き放たれていくかのように静かに語りかけてくる表題作「きみは」は、やわらかに胸を刺すよう。
向き合うことを恐れてしまうような、生身のわたしたちが共有しづらい感情を取り出し、「そこにある」ことを受け止めてくれるこの物語は、とても優しい。

「永久田のこと」「コオトニイタウン」がとても好きです。
タイトルさまよえるベガ・君は
著者正井
価格800円
ジャンル大衆小説
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「絆を結びなおす」物語
八年前、江波透夏の母親が殺害された。犯人は透夏の友人、西末悠だ。
八年前のあの日、の衝撃的な一場面から物語は幕を開けます。
生い立ちや過去に巻き起こった事件が暗い影を落とすことになったためか、透夏は誰に対しても距離を置き、後見人であるという『同居人』との関係にもどこか不穏な影が漂います。そんな中、彼女は八年前に交わした悠との約束を果たし、彼と再会すること、欠けた記憶を取り戻すことを願っています。
しかし当然、事件を知る周囲の人間は透夏の行動を反対し、彼女の周囲で巻き起こる通り魔事件の犯人こそがかつての少年A=西末悠なのではないかと疑いの目を向けます。

八年前と現在――時間軸を行き来する中、親の愛情を満足に受けられず、それでもひたむきに生き抜こうとしていた透夏と悠の出会い、彼らが生存戦略として企てた「計画」の行く末が語られます。
かつての彼らの選んだ選択とそれがもたらした「事件」、再会のその先で語られる透夏の記憶の底に封じられた「八年前の真実」とは――

不穏で重苦しいテーマを抱えたお話ではありますが、文体には安定感があり、すらすらと夢中で読み進めることが出来ました。
感情表現があまり得意ではないけれど穏やかな人間関係を結び、深く周囲から愛されている透夏を取り囲む個性豊かなキャラクターたちの織り成す流麗な物語運びはとても魅力的。
様々な「嘘」と「愛」が一本の線として流れるように集約していく結末にはどきどきさせられました。

アンソロジー掲載(http://text-revolutions.com/event/archives/5481)の掌編の際から、素直になれないまま互いに手を差し伸べ合おうとする二人に密かにニヤニヤしてしまっていたわたしは「八年前の事件」にすごくびっくりして本編を手に取りました。
不穏な共犯関係を結び、傷つけ合いながらも互いを救おうとした彼らが、結び直した「絆」の形は……読んだ方のお楽しみです。
ひたむきに生き抜こうとする子どもたちの青春小説としても読めるミステリー作品は、個人的な好みかもしれませんが初期の桜庭一樹作品の読者あたりにもピン、とくるかもしれません。
読み応え充分でありながらスルッと読める快作。
タイトル嘘つきの再会は夜の檻で
著者土佐岡マキ
価格1000円
ジャンル大衆小説
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もふもふキュート、ちょっぴりはらはらなとびっきりのエンタメボーイズラブ
京都の地下格闘場で夜な夜な行われるという妖怪プロレス。
唯一の人間でありながらリングに「あくだま」役として上がる覆面レスラーのペペロンチーノ峯田(まずこのネーミングからおかしい)は胸に貼ったお星さま型のシール通称「乳首ガード」が目印。(この時点で相当面白い)
そんな峯田(26歳フリーター、浜麦にしてみれば恋のライバルな相手? のもとに居候中)に思いを寄せるのは、人間年齢では八つ年下のもふもふ白狐の妖怪で「ぜんだま」レスラー(人間の姿では褐色のキュートな美青年)浜麦。
お互いに思いあっていることは明らかなのに、優しい性格も相まってか峯田への想いを告げられない浜麦は勢い余って(?)序盤早々からオークションに賭けられた峯田を落札し、甘い一夜を過ごそうとするのですが……。

恋のときめきもそこに潜むちょっとエッチな気持ちも絶妙なさじ加減でキュートに、時にはらはらどきどきさせながら読ませる展開はキヨムさんワールドの真骨頂。
京都の街で人間と共生しながら生きる妖怪たちとの関わり合い、興行を裏で取り仕切る大人たちの思惑――と、はらはらどきどきの要素を絶妙に散りばめつつ、どうにも締らない二人のもどかしい恋をいつしか応援したくなります。
どこかとぼけた味わいを感じさせるキャラクターの掛け合いは男の子たちならでは。
ボーイズラブの楽しさに溢れた本作は「BL」になじみがない人もきっとひとたび触れれば虜になる、ここでしか味わえない楽しさがぎゅうっと凝縮されたとっておきのエンターテイメントに仕上がっています。

最後にはもちろんとびっきりふたりらしさに溢れたキュートなラブシーンも待ち構えておりますので、どうぞお楽しみに。
タイトルあくだま
著者壬生キヨム
価格500円
ジャンルJUNE
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禁忌とフェティッシュのマリアージュ=意外に爽やか??
桜の咲き乱れる新学期。ただでさえぼんやりしている教師の綾瀬昭久は花粉症に見舞われ、ますますぼんやりに磨きがかかるばかり。
そこに突如現れたのは海外留学から帰還し、見違えるほどにたくましく男らしく成長を遂げた甥っ子大志。
少年時代、昭久のくるぶしに今もなお後遺症を残す傷を負わせたことから「責任を取る」と傷に執着するように昭久を追い求める大志の勢いにいつしか呑まれていく昭久は――

甥と叔父、教師と生徒、同性同士……
「禁忌に禁忌のトッピング」を加えた関係性は、かと言って後ろめたさや息苦しさを感じさせるような要素はなく、表紙から感じる吹き抜ける春風のように爽やか。
昭久の姉であり大志の母である晴穂は本来なら障害になるのでは!? と思いきや、立派に成長した大志の「昭久をもらう」宣言をむしろ「早く陥落されてしまえ」と後押ししてくれているようで……。
いくら男やもめとは言え、男として、肉親として、教師として――「過ち」はいけないことだと分かっているのに、外堀を埋めながら迫り来る大志の手に昭久は……?

正直なところ、社会人と学生ものを読むと既に大人側に年齢が近いわたしは、「子どもの思い込みって怖い! これから未来のある子どもの人生を狂わせてしまうかもしれないのに責任なんて取れない!」と、大人側に肩入れしてしまうわけです。笑(そこが良いんですけど)
しかも本作は可愛かった甥っ子が「男」として現れ、迫られる側になるわけでして……。
綾瀬先生の戸惑いもそりゃあわかるさ、と思いながらも、幼き日からのひたむき過ぎるほどの想い(と執着)でくるぶしの古傷へのフェティッシュな情熱を見せる大志の大胆さにはハラハラさせられっぱなし。
日常を生き生きと色鮮やかに、フェティッシュなまなざしをまじえながら描き出す手腕はまゆみさんワールドならでは。
高校生ゆえなのか、BL的な成就までは描かれないのですが「全年齢でありながら官能的」な描写は本作の大きな魅力。
行われる行為そのものではなく、それを取り巻く空気や感情の流れの描写にこそ官能は宿るのです。(※巨大なブーメランを自らに刺しながら)

タイトルそのものの「くるぶしにくちづけ」の先に巻き起こる出来事は書籍版のでのお楽しみということで。
ちょっぴりえっちな個性が輝くエンターテイメントを楽しませてくれる作品です。
タイトルくるぶしにくちづけ
著者まゆみ亜紀
価格600円
ジャンルJUNE
詳細書籍情報

はらはらのちキュン? な日常+ラブなミステリー
家の鍵を忘れて家に入れない……子どもの頃、誰しもが一度は体験したであろうシチュエーションから物語は始まります。
さてはて、家に帰って探しても鍵がない。どこにやったの?
しっかり者の同居人エイちゃんに叱咤されながらの失せ物探しの行方は?

良い意味でなんてことはない失せ物探しのライトタッチミステリー。
なんてったって魅力的なのは強面で素っ気ない態度のしっかり者でありながらおっちょこちょいのみちるを温かく見守る同居人エイちゃんと、そんな彼にしっかり甘えているみちるのキャラクター。
短いお話に切り取られた日常の中に、このふたりのニヤニヤ感がぎゅうっと詰まっているのです。
一緒に鍵のありかを推理するもよし、素直に読んで解決編でなるほどーと納得するもよし。
キュートなふたりにニヤニヤきゅんきゅん間違いなし。
タイトル鍵が見つかりませんお月様。
著者土佐岡マキ
価格300円
ジャンル大衆小説
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隔たって生きる私たち、を繋ぐもの
陸と海。生きる場所が異なる「ふたり」は対岸で見つめ合う。
生きる場所が、守るべきものがそれぞれに違う。それでも時に欲するものは重なりあう。

長編ファンタジーを多数手がけられる凪野さんの手腕は短編でも遺憾無く発揮されているな、と感じる本作。
「世界の成り立ち」、そこで生きる人々の暮らしぶり、価値観や倫理観のあり方を紐解くように描き出していく描写には揺らぎがない。
重なり合わない視線、行き交う愛憎、まとわりつくような潮の匂い。
「人魚」をテーマに据えた本作はどれも手触りは違えど、様々な角度から人々の欲望と愛情、その間で感じる引き裂かれるような強い情念、息苦しいほどの艶かしさを浮かび上がらせる。
交わし合う言葉やまなざしは対岸で見つめ合う私たちを縛り付け合う呪いにもなり、祈りにもなる。

「陸に上がった人魚姫の末路」を鬼の大将との関係性を交えて描き出す和風ファンタジーから幕を開け、物語は自在にいくつもの世界を行き来する。
かわされる愛の言葉は心からの思いでありながらどこか虚しく上滑りし、追い求め合う悦びは高みへと誘いながら、互いを深く暗い水底へと沈めていく。
隔たって生きるものたちのどこか醒めた視線が交わされ合う中、様々な隔たりを超えて寄り添い合う「宙の渚のローレライ」は清涼剤のよう。(本作での「人魚」モチーフの思わぬ形での昇華は見所)
破滅を導くための存在として産み落とされた「魂の双子」が、それぞれのいるべき場所で共にこの世界を護り、生き続けることを誓い合う「スオラ」で物語は幕を下ろし、人魚たちは輝く尾びれをしならせるようにしてたちまちに私たちの視界から波の中に消えていく。
とり残された私たちへ、かすかな潮の香りとまぶたの裏に感じる煌めきは静かな波紋を落とす。
タイトルエフェメラのさかな
著者凪野基
価格400円
ジャンルファンタジー
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母という怪物、血という呪い
「お母さんに似てるね」女性なら恐らく一度は言われたことのある(そして、それが「大人」になってからならば素直に喜べなくなった)言葉ではないだろうか。

主人公数実は母と二人暮らし。母親との折り合いは芳しくない――という表現では生ぬるく感じるほど、数実の全てを管理しようとする彼女の行動は常軌を逸している。
(「お母さん」の行動を見る限り、自身が嫌悪されていることまですべて筒抜けなのでは? と思うのだが、彼女がその点をどう受け止めているのか、というのは気になるところ)

矢継ぎ早に現れる幼馴染や同僚たちとの会話を経て露わにされていく「お母さん」の異常性はぞっとするほど。
世間一般で言われる毒親と呼ばれる類のそれに値する母の言動は、コミュニケーションが通用しないがゆえに喧嘩にすらならない、という点から不健全さを際立たせるばかりだ。

どのようにしてこの「母親」という怪物は生まれたのか、彼女の真の目的は何なのか、数実はどうすれば「お母さん」と対峙を出来るのか。
明確な答えは出ないまま、物語は幕を降ろす。
それはきっと、数実自身が「誰にもわからない、わからなくていい」と、母親との閉じた世界に絶望しながらも、そこに留まることを望んでいるからなのかもしれない。
そしてきっと、「お母さん」自身にとっての娘である数実への執着の理由は「愛」としか言いようのないもので、 それを否定されてしまう理由はきっとわからないのだ。
「わからない」ことこそが何よりも怖い。
読後に感じた想いを一言で言い表すとすれば、それに尽きるだろう。

「血」というものの逃れられない呪いがひしひしと読み手に迫る一篇だ。
タイトルお母さん
著者鳴原あきら
価格500円
ジャンル大衆小説
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芽吹きの季節、咲き誇る想いの先にあるものは?
季刊ヘキ、二年目は「キョウダイ×季節」をテーマに主催の二季比恋乃さんと原住民(レギュラー)である井村もづさん、夜崎梨人さん、毎号参加のゲストたちによる「ヘキの民」が綴る、性ヘキを露わにする文芸アンソロジー。
ここで語られる性ヘキとは性的嗜好ではなく、広義の創作における嗜好――著者の好む世界観や文章表現、とのこと。
何番目が好き? の問いかけを潜り抜けた先に広がる繰り広げられるヘキの世界は?

夜ごと魔法少女に変身し、夜の海を泳ぐ少年を見守る姉と妹、行き違う想い(夜崎梨人さん「魔法少女の夜」)
身体が弱く意地っ張りな美しい弟と、そんな彼がかわいくて仕方のない兄に訪れる鮮やかな春(及川なおさん「黒の巣立ち」)
愛する弟を誰よりも思う姉と、成長につれてそんな姉の庇護下からの独り立ちを試みる弟(雨森透人さん「春の夢」)
軍人の兄の連れてきた女性の存在により露わになる妹の秘めた想いと、「三人」で迎える新しい季節(狐塚あやめさん「去りゆくを望む」)
異世界に迷い込んだ僕に「弟子になれ」と迫る、言葉を力に変える気丈な魔法使いが森の奥に閉じ込めた悲しいきょうだい」の秘密(二季比恋乃さん「おはよう」)
恋人の初恋の相手=彼の双子の姉と「きょうだい」になろうと誓い合い、手を取り合って桜を見にいく「兄」(高梨來「桜降る日に」)
海難事故のショックにより記憶を保てなくなった兄のもとへ、咲き誇る花と共に訪れた恋を見守る弟(花野木あやさん「ステラマリスの手記」)
蛹になり、新しい何かに生まれ変わるという大好きな「ねえちゃん」を見守る弟(井村もづさん「繭」)

八通りの「きょうだい」の元に訪れる春はいずれも書き手のこだわり=ヘキがキラリと輝くものばかり。
緑が芽吹き花の咲き誇る春、新たな感情の芽生えと共に新しい世界への扉を開いていく様を見届ける事のできる珠玉のアンソロジー。
巻末には占星術師の水煮先生による「ヘキ」の解説付き。

また、手にしっくりくるB6サイズ、読みやすい文字組みと漫画雑誌などにも使われるラフ紙が本文に使われた手に持っても疲れず読みやすい冊子の作りはまさしく「文芸誌」という佇まい。
間違いのないアンソロジーが読みたい、という方にもおすすめです。
さてはて、あなたは何番目が好き?
タイトル【委託】季刊ヘキVo.8
著者二季比恋乃・他七名
価格1000円
ジャンル純文学
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生き延びた先には、希望を照らす光が
孤児院出身のレネは逃れられない「過去の傷」を負いながら再起を賭け、雪に閉ざされた魔法学校へと編入することから物語は幕を開けます。
汚れを知らない<天使>になることで、壁の中での魔法士としての安定した生活を手に入れることが出来、<汚れ>に染まった<大人>はこの世界では忌み嫌われる存在だというのだが――

欲望を知り、<男>になることで<汚れ>を負い、魔力を失ってしまう――
奇妙な因習を植え付けられ、成熟を拒絶した子供達は強制的な形で<欲望>を取り上げられることを義務付けられ、雪に閉ざされた寄宿学校の中で次第に歪んでいく。
<大人>の階段を昇りつつあるラメトクに惹かれながら生き抜く術を模索するレネもまた、学内に蔓延る闇にいつしか取り込まれ……

確固たるスクールカーストの存在する魔法学校での『劣等生』レネの奮闘ぶりと、約束された栄光を掴むことを信じてもがき続ける子供達、彼らを導く立場にある大人たち、それぞれの配役が生き生きと舞台上で物語を動かしていく群像劇であり、エンターテイメントとして完成度の高い安定の筆致が光ります。
少年の身でありながら人身売買にかけられ、強制的に<汚れ>を負わされていたレネは<汚れ>という概念を知ったことで傷つき、壁の中の少年たちの抱える闇に呑まれそうになりながらも力を持ち、愛すること、他者を求めることを肯定し、<大人>として生き延びることを、その先にある輝かしい未来を掴めやしないかと奮闘する姿には「少年」という存在が放つ魂の輝きと、筆者が込めたであろう切実なまでの祈りが手に取るようにこちらへと伝わるよう。

<清らかな存在>でなくとも、人は生き延びることが出来る。
自身を肯定し、他者を受け入れ、否応無しに背負わされた過去の痛みを引きずり、乗り越えていったその先にも輝かしい未来は確かに存在する。
気まぐれな子猫のようにしなやかで美しく凛とした佇まいで物語の世界を軽やかに駆け回るレネの冒険は、読者に強い力を与えてくれます。
タイトル少年は〈大人〉になる夢を見るか?
著者宇野寧湖
価格600円
ジャンルJUNE
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手さぐりで追い求めあう「はじめて」の恋の行きつく先にあるのは?
不思議な魔法の鏡のとり持つ縁により恋人同士となった大学職員の白鳥七生と、モデルを務める大学生の朝雛雅人。
気持ちを確かめ合ったはいいけれど、きちんと段階を踏むのは雅人が短期留学から帰国してからにしようーー生真面目なふたりらしい先延ばしの真っ只中、七生の勤める大学で突如起こった遺跡の発掘調査案件に導かれる形で出会ったのは留学中の恋人、雅人の兄、朝雛誠人で――
兄弟ともなると好きになる人も似てしまうのか、七生に好意を抱く誠人は紳士的かつスマートに七生への好意を示し、七生もまた、雅人に似た雰囲気を携えた誠人にあっさりと懐いてしまう。
さてはて、兄弟が一人の男を巡って泥沼の三角関係が勃発!? と思いきや、当然ありきたりにはいかないのがキヨムさんワールド。
兄貴に七生を横取りをされてたまるか、と帰国した雅人が持ち出したあやしげな媚薬は幼児化の薬で!?

様々な窮地に阻まれながらも積極かつ大胆な誠人に翻弄される七生と、七生をそう簡単に兄に渡して堪るか! とますます奮闘する雅人。
トライアングルの中心に据えられてしまった七生はと言えば、複雑な家庭の事情に振り回されながらも唯一無二の絆を朝雛兄弟を前に、雅人との間にも彼らのような絆を築くにはどうすればいいのか? と模索を始めます。

余すことなく魅力溢れるキャラクター陣と、日常の中に程よく散りばめられた「すこしふしぎ」のエッセンス。
それらに彩られる中で展開されていくのは、若者たちふたりが互いに手探りで探し求めていく「初めての恋」
互いの気持ちを確かめ合い、求め合うにはどうすればいいのか。たくさんの迷い道や困難に阻まれながらもたどり着いた先にあるものにはキュンとすること間違いなし。
(互いに戸惑いながら手探りで『方法』を探し求める様のちぐはぐさがたまらなくかわいい…)
読み終えるといとおしさがぎゅっと迫ってくる、とてもキュートでここでしか味わえない優しい恋のお話です。

昨年まで品切れだった二人の前日譚「よくないおしらせにいたる」、朝雛家三兄弟の過去が綴られる「俺以外イケメンのお知らせ」と3冊合わせてたっぷり「よくないおしらせ」ワールドに浸ってみてはいかがでしょうか。
タイトルよくないおしらせ
著者壬生キヨム
価格800円
ジャンルJUNE
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やがて旅立つ鳥たちの残した、ささやかな祈り
都会での仕事に疲れ、耳が聞こえなくなる、という症状に見舞われた「僕」は主人を亡くし、無人となっていた生まれ育った東北の実家へ身を寄せることになる。
そこで出会ったのはいつも裸足で女の子の制服を着ている少年、コウだ。

主人公であるあとり、少年時代のあとりの友人だった人語を介すカラス、生徒として彼を訪ねる少年コウ。
三匹の「迷い鳥」の過ごした儚く過ぎ行く時間を、静けさを潜めた筆致は穏やかに拾い上げていく。

共にいられた人たちと、なんらかの理由で離ればなれになっていくこと。
喪失をかかえたまま、互いの中から薄れていく記憶と共に、それぞれが違う場所で生きていくこと。
たとえ寄り添いあって隣にいたとしても、魂はそれぞれに「ひとりとひとり」であるということ。
寂しさをありのままに感じることが出来るのは、心のうちに目をそらさずにまっすぐに生きている証だ。
毅然とした孤独を内に秘めたまま互いの心の在り処を確かめ合い、時に照らしあうようにしながら共に生きた彼らの過ごした時間は、儚くも美しい。

抜き出してガラスケースの中にしまっておきたくなるようなしんと透き通ったきらめく言葉たちひとつひとつの紡ぐ軌跡の残すものは是非、本著を開くことであなた自身に確かめてほしい。
タイトルフリンジラ・モンテ・フリンジラ
著者佐々木海月
価格300円
ジャンルファンタジー
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「ヒトガタ」は心を写す鏡
人の形をした人ではないもの、を取り巻く人々の物語。
綺麗で愛らしく、愛される存在としてこの世に生まれた「ヒトガタ」を巡る四編の物語はどれも、「人」という存在のおろかさ、はかなさを浮き彫りにしていく。
「人形は人の欲望と理想を一身に受けるもの」冒頭作品「シンギング・オブ・粉骨」において神に仕える老紳士人形藤井の言葉だ。
彼の言葉通り、4篇の物語に登場する人形たちはいずれも人々の欲望を一身に背負い、愛され・望まれなければ生きていけない人間たちをどこかひややかに見つめる。
人でないものたちのまなざしを通して語られる、人々の生き様の物語――まさしく、「ヒトガタリ」というタイトルを冠されるのにふさわしい珠玉の作品集。

(文フリガイドに寄稿させて頂いた原稿を再掲させて頂きました)
タイトル人形小説アンソロジー「ヒトガタリ」
著者杉背よい・柳田のり子・匹津なのり・西乃まりも
価格400円
ジャンル大衆小説
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凍てつき閉ざされた想いがいまここに、開かれる
凍てついた冬の静けさ、しんと澄んだ空気をふんだんに閉じこめたかのようなキョウダイアンソロジー。


「囲い、囲われ、腕の中」夜崎梨人さん
「神様」として祀られ閉じこめられてきた兄と、まだ見ぬ兄に焦がれる弟。
二人の世界に二人で堕ちていく様は何とも耽美的。弟が兄へと取る行動のひとつひとつをどこかしら官能的に感じます。

「キョウダイヤシロ」ワタリマコトさん
夏祭りの日、神隠しにあった僕は狐の領域に足を踏み入れ――怪異のお話ではあるのですが、ノスタルジックで愛くるしい筆致はなんともほのぼのとかわいらしい。

「雪の街」今井優さん
雪に閉ざされた街にかつて生きていたという”私”の語り口はぞくりと冷たく、まざまざと愚かさと悲しみを綴る。雪に閉ざされた街での火の描写が鮮烈。

「目に託した夢」新月さん
ドラフト指名を受けながらも迷いに揺れる弟と、弟を見守る兄。二人で追う夢なのだ、と背中を押してくれる兄の姿がさわやかで清々しい。

「歪められたマリア」一色和さん
尊き救世主「リリィ・マリア」を求める国に生まれた二人の王子の物語。
群衆の望みを一身に背負わされた王族たちの血にまみれた歴史の一幕――と語ってしまうには軽すぎる。語り手である「私」の正体と、そこに込められた深い悲しみに読み手はただ圧倒され、ひれ伏す。

「くちびるに、紅」二季比恋乃さん
時を止めて生きる吸血鬼の兄と、彼に血を与える弟。
双子に生まれながら隔たれていくことを恐れ、「お揃い」を作ろうとする彼らの選ぶ行動は、血を吸うこと。
揃いの赤く染まった唇から紡がれるささやき声は何とも甘美的。


さまざまな角度から照らし出されていく想いが、しんと冷たく澄んだ空気の中ではらはらと雪のように舞い落ちる様を見つめているかのよう。
雪は音を吸う、とは言いますが、この狂おしいほどの静謐に包まれた空気は「冬」という舞台こそが生み出したものなのかもしれません。
書き手の「ヘキ」が輝く珠玉のアンソロジーをあなたも是非、この手に。
タイトル【委託】季刊ヘキVo.7
著者二季比恋乃・他四名
価格700円
ジャンル純文学
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甘い蜜は心ごと蕩けさせてくれる
 フルオーダーメイドの愛玩用人造美少年「アドニス」のリオは他のアドニスたちのようにご主人様に心を開いて甘えて見せることが出来ず、製造元出戻りになってしまう。
「中古品」を手にしてくれるもの好きなんているはずもない、と心をふさいでしまったリオを買い取りたいという新たなご主人様は、それでも中々リオの前に姿を現すことはなく、リオの不安は募るばかりで……。

 川原由美子「観葉少女」を思わせる、愛されるために生まれた美しい肢体の隅から隅まで磨きつくされた十四歳型美少年、という「アドニス」の設定に作者であるまゆみさんの美少年へのあくなき愛とこだわりを隅々まで感じます。
対するのは、蔓系植物の「ご主人様」
「触手」と聞いた時に感じる男性向けのグロテスクな生生しさは感じられず、研ぎ澄まされた文章表現はどこまでも甘美で幻想小説のような趣。

「愛されたいと素直に口に出してごらん」

 捨てられてしまった痛みを抱えるリオに、ご主人様の言葉は果てなく甘い蜜であり、喉元に突きつけられたナイフとも同義だ。
 愛されたい、必要とされたい、求められたい、「愛されるため」に生まれてきたリオにとってそれは、ひどく切実な生命線だ。
 喉元からせりあがったそれを口にした時、幾重にも絡まった蔓と甘い蜜はリオを絡め取り、むせ返るような甘く息苦しい「愛」が余すことなく与えられる。
 心ごととろかせるような「悦び」に満ちた世界に触れられる、異色の「愛」の物語――という紹介文はいささか大仰と言われてしまうかもしれませんが、百聞は一見にしかず。
 クラシカルで品の溢れる装画と世界を楽しませてくれるフランス製本による造本と共に、見て、読んで美しい一冊。
タイトルプライベート・アドニス
著者まゆみ亜紀
価格500円
ジャンルJUNE
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飛べなくても、不安じゃない
「水ギョーザとの交接」に繋がる「講和条約と踊らない叔父さん」
「ぎょくおん」のプロトタイプ、「飴と海鳴り」を含む全九編。

 オカワダさんの作品世界を通じて感じる「心」と「身体」の距離のふわふわとした曖昧さ、「家族」の捉えた方、目の前を通り過ぎていくいくつもの景色を捉える言葉のセンスやユーモアが匂い立つような様々な気配と共に浮かび上がる本作は「小品集」の副題通り、ピアノソナタのようにポロポロと儚くおだやかに心に幾つもの音色を落としていく。

 心と身体はいつだって引きちぎれてばらばらで、目の前に居る人どころか、自分自身にすら触れ方がよくわからない。
 あやふやに揺らぐ中、それでも微かに気持ちが重なり合ったその瞬間はあったのかもしれない。
 無力な子どもだった自分を引きずったまま、私たちはそれでもいつの間にか大人になっている。
 傷は癒えなくとも、いつしかかさぶたになっていることに知らず知らずのうちに気づく。
 あなたの心にわたしは触れられはしないけれど、痛みは少しずつゆっくり癒えていけばいいと、「祈る」ことなら出来る。

 取り戻せないまますれ違っていくいくつもの感傷にぐらり、とちいさな引っ掻き傷が疼く。
 それでもそれを見つめるまなざしはやさしさに満ち溢れている。それを携えたままでも歩いて行けるのだと、ささやかな祈りをささげてくれるように。
タイトル飛ぶ蟹
著者オカワダアキナ
価格600円
ジャンル大衆小説
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君とふたりで感じる「美味しい」はなによりの魔法。
 気心のしれた相手と囲む食事の時間を垣間見るのは楽しい。それが、対照的でありながら心を許し合っていることが伝わる、ざっくばらんな愛嬌あふれる男性同士のやり取りなら尚のこと。

 夕食、ほっと一息なおやつの時間、グラスとグラスを傾け合う晩酌タイム、大切な人の帰宅を待ちわびて迎えた二人で囲む食事の時間。それぞれの関係性や距離感は違えど、日常の雑事、その中で持ち帰ったちいさなひっかき傷を寄せ合いながら囲む食事の風景。
 お互いの距離を探り合い、「最快適」を辿り合う日常の風景がふわり、と穏やかな筆致で綴られる物語は気取らないおうちごはんのよう。

 君らが付き合えばいいんじゃん? つい無粋なツッコミを入れたくなってしまった冒頭に登場する智くんと裕也くんの親友コンビは最終段で再登場。
 作者の服部さん曰く「パラレルワールドの別人」とのことですが、お互い学生同士で気の置けない親友同士だと思っていた彼らが社会に出て、紆余曲折を経た末に「付き合っちゃう?」となったのなら美味しいではないですか、とふじょしエンジンを積んだわたしは都合よく解釈します。笑
 
 親密さはあれど、性愛的なニュアンスはほぼない「(さまざまな意味で)おいしい×ほっこり」の世界観をどうぞみなさま美味しく召し上がれ。
 商業の単行本を思わせるようなセンスとクオリティの装丁の美しさも素敵です。
タイトル君と食べ物があればいい ブロマンズ・BL掌編作品再録集
著者服部匠
価格300円
ジャンルJUNE
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喪失からはじまる「永遠」について
スノードームに降る雪を見上げているような、まばゆい煌めきに包まれた言葉たちで綴られる短歌・俳句と掌編小説

「わたし」と「あなた」の間で澱のように揺らめく名づけ得ない感情のひとつひとつ、綺麗なだけではない、危うく鋭い、鋭利な刃物のような研ぎ澄まされた感情のひとつひとつが閉じ込められた物語。
ここでつづられる「異性愛」ではない、さまざまな愛の形のあり方はJUNEという形で括られるに相応しいものなのかな、と感じました。
噂の「大惨事」黒い樹の子どもじみた横暴さや執着の残酷さを照らし出す筆致、感情の奥に眠るものを精緻な筆致がありありと照らし出す文章は冷たくて鋭く的確に読み手を捉えてくるよう。
兄が子を授かる「臨月」での猫の死、「僕の犬が死んだ」での愛犬クロの死など、全編を通して喪失とそこからまた新たに生まれゆく新たな感情にまなざしを向けられているのかな、というのが印象に残りました。
「まぼろしの塔」の出会うはずのなかったのに同じ場所から世界の果てを見つめていたふたりはビルディングラブでロマンスだと思います。屋上から見渡せた世界と、その喪失の儚さ。「大人になるってどういうこと?」という少年の届くことのなかった言葉が胸にしん、と突き刺さりました。
永遠に閉じ込めることは出来ないけれど忘れたくはなかった。そんな風にしていくつもの夏を通り過ぎていった「いつかの誰かの追憶」のような肌触りにしん、と染み入るような心地になりました。

冬銀河だれのためでもない光
(Doppelgänger)

光とは君にまつわることすべて四月の風に吹かれる産毛
(いわゆる青春)

好きな言葉がたくさんありましたがこの二句が好きです。
取り戻せないこと、を胸にただ過ぎてゆく時を、それでも歩こうとする背が見えるようで、凛としたたたずまいはとても優しい。
※実駒さん曰く共依存DVカップルの別れを描いたという「いわゆる青春」のやるせない美しさについてわたしと小一時間語り合ってくださる方を募集しております。笑

読み終えた後に胸をよぎるのは、「喪った」ことに気づいたことで手に入れた永遠もあるんじゃないかな、という思い。
あわいきらめきに包み込まれるような一冊でした。
タイトルノスタルジア
著者実駒
価格500円
ジャンルJUNE
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