出店者名 白昼社
タイトル ウソツキムスメ
著者 泉由良
価格 600円
ジャンル 純文学
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紹介文
『アイネ・クライネ・ナハトムジーク the fourth person』
『欠如のこと about my sixth hole』
『海に流す goodbye from seaside』
『落ちてくるくじら the fallen whale』
『秋雨秋子』
『ナナンタさんの鈴の音』
『春眠』
『翳り』

嘘を吐いて生きてきた、大人になっていった、
嘘を吐くこの罪に回る罰の恐怖に耐えられない、
嘘を吐く自分でしかいられない、生きていけない、
やっぱりまた嘘を吐いて、頽れそうそうで、
それでも、「あなたがおおきくなったことが嬉しい」と、云ってくれたひとがいた。
人は失い、私は狂う。夏が翳る。

14歳だった1999年から、2007年までのあいだに書いたものです。
冨田風子のカラー口絵、挿画付き(文庫判150頁)

「『──花の咲かない頃はよろしいのですが、花の季節になると、旅人はみんな森の花の下で気が変になりました』」
 小さな声を出して読んでみる。もう一度、繰り返してみる。
「気が、変に、なりました」
 私はいつからか気が変なのかも知れない。
 外は春特有の白っぽい夕暮れだった。私は飾り窓の傍の椅子で坂口安吾を暗くなるまで読んだ。
「気が、変に、なりました」
 夜だからワインでも飲むといいかも知れない。ロゼのスパークリングワインがいい。
 冷蔵庫からそれを出してきてグラスに注ぎ、長いストロォで飲んだ。随分旧いストロォで、ぴんく色をしていて、途中でト音記号の形に曲がっているのだった。ワインはあかく、ぴんく色のストロォのなかを回転しながら私の口許まで昇ってくる。ト音記号に回転しながら昇ってくるワインなんて、気が変だ。
「気が、変に、なりました」
 私はもう一回くちに出して、そう云った。
 気が変になったら死なせるかころされるしかないのではないだろうか、と本を読みながら考えた。小説のなかの女は首を落とされる。男は泣く。桜の森の満開の下で。首を落とす男は、ころされた女よりもずっと悲しかっただろう。
 どうしてこんなに悲しいことがあるのだろう。それは悲しみというより暗澹とした黒い水を湛えた大地のようで、私はいつしか膝のあたりまでその水に浸ったまま立ち歩いて生活をしているのだった。ときどき足を滑らせて斃れそうになったりよろめいてくずおれそうになるが、暗澹の水は只の水で、それ以上に捕らえてくれたりましてや死なせてくれたりしないので、尚更に苦しかった。

           (「春眠」)


 姉とわたしは、アリスブルーから濃紺になってゆく空を黙って眺めていた。
「どうして夏は秘密なんだろう」
 わたしは呟いた。
「ひみつ?」
 姉が問う。
「どうして夏はこんなにきめ細やかに、秘密を内包するんだろう」

「あのね、教えてあげるね」
 暫くして姉が云った。

           (「翳り」)


現実のすぐ隣にある幻想ー狂気に魅せられる
短編集は、一冊にひとつの話が入っている本に比べると、一つひとつの話にあまりのめりこめない気がするのですが、この本の掲載作品は、どれものめり込ませます。
一つひとつの小説に、かたちの異なる狂気が潜んでいて、それがぶわっとふくらんで、読者を小説の世界に引きずり込んでいくようです。

一番手にふさわしい、印象に残る作品「アイネ・クライネ・ナハトムジーク the forth person」。多重人格者の少女の話。劇を見ているような気分になります。ラストがすごい。

「欠如のこと my sixth hole」は二番手にふさわしい作品。すごい軽さで魅せてきます。

「海に流す goodbye from seaside」は、嘘をついた少女と、その告白をきく嘘つきな僕の話。嘘をついて、つきつづけて、そこから抜け出せなくなった少女の告白が切実に突き刺さります。

心地よい浮遊感が味わえる「落ちてくるくじら the fallen whale」。暑くて、気だるくて、その中でぼんやりと見る、あるいは想像する、悪夢のようで、どこか滑稽な、愛おしい夏。好きです。

音信普通になった妹を案じる姉の心境を描いた「秋雨秋子」。この短編集の中で一番リアル色が強く、ひと休みしている感じがします。

ナナンタさんと、その鈴にまつわる、やさしくてあたたかい記憶たち「ナナンタさんの鈴の音」。その記憶は、やさしさは、あたたかさは、愛情は、子どもの胸に残り、大人になってもなお支え続けてくれるでしょう。そこに嘘があったとしても、嘘以上の愛情が抱きしめてくれています。一番ストレートに愛が感じられる作品。

「春眠」はいちばん狂気性と中毒性が高い作品。飾り窓のお姉さんと、小学生の女の子、その出逢いと別れの春。春と桜の狂気性がとても色濃く滲み出ています。少しずつ少しずつ、リアルが幻想に侵食されてゆく過程に酔いしれます。

「翳り」は、夏至を過ぎた夏の夕暮れ、それを眺める妹と姉のひととき。何気なく語られる姉の話は嘘か真実か。現実であるはずなのに、それが少しずつ遠くなっていく。夏にさらわれていくよう。


さまざまな作風が味わえて、掲載順もよく考えられている、読者が楽しむことを考えて作られた一冊。
泉由良さんの小説を初めて読む方におすすめしたいです。
推薦者なな

世界を変える劇薬
短編が8編掲載された作品集である。
冒頭の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」から、
読者はこの作品にしかない幻想世界へと、落ちる。

この作品は、危険だ。
しかし怖さはなく、むしろ安心感すら与えられる。
ほんとうに危険で美しいものに出会ったとき、
嘆息しながら持つ感情は、安心、それしかない。
諦念にも似ているかもしれない。
であればそれは、何に対する諦めだろうか。
生きることにも似ていて、
書くことにも似ていて、
しかしもっと正確に言うならば、
理解すること、なのかもしれない。

ポエジーに溢れた文体だ。
シーンからシーンへ、物語から物語へ、
あたかも詩のように軽々と飛躍する。
そんなところを飛べるのか、
意味を踏み外してしまいはしないか、
というあたりを、実に易々と着地を決めてみせる。
サーカスか、ギャンブルか、
いや、文学だ。
純文学の体をとりながら
「人間」を超越したところで描かれる世界は、
また別の文学の名前を与えられるべきかもしれない。

この作品を書かしめるものを「才能」と呼ぶには安易にすぎる。
何故か毎年現れる「10年に1度の天才」のように、
「才能」という言葉はもうその希少性を失いはじめている。
だから、私はこの筆致を「魔法」と呼びたい。
今ここにしかない、他のどこにもない、
幻想世界を作り出せる術は、「魔法」と呼ぶしかない。

「魔法」をかけられた読者はどうなってしまうのだろうか。
それは誰にも分からない。
ただ、変化する、ということだ。
読むことで人生が変化してしまうような作品に
一生に一冊でも出会えることは
読書の冥利であり、劇薬でもある。
できれば、後悔してほしい。
後悔のない人生に意味がないように、
後悔のない読書もまた退屈なのだから。
推薦者あまぶん公式推薦文

耽美的世界は端正で溺れずに読み、読後に耽溺する
泉由良さん『ウソツキムスメ』すごく良かったです、震える。

身近にある・ありそうな・なくてもあると言われたらそう思えてしまう短編群。登場人物の世界で続いていく物語の中で切り取った時間はほんの少し。読まねばならぬ部分だけを厳選して端正に描かれた、現実的なおとぎ話のようでした。
読者として傍観しながら否応なくに至近距離に立たされる、とにかく魅力的です。
読むテンポが寄り添うのに現実感がありあまる。溺れるように惹き付けられて読みました。

由良さんの描くものの美しさに対して私は早漏に過ぎるのですが、溺れずに読み切って直後に耽溺する。という読書体験を得ました。ものすごいカタルシス。
ほろっと、しかしぽろぽろと、泣かされます。
推薦者正岡紗季