2011.08.14(日)


  ああ、他人の悲しみ知ったらすぐに、自分の悲しみでもあると思う優しさが欲しい、とか、歌詞を唇にのせたときには本気で願っているのだけれど、タワけ抜かすんじゃねーよこのド阿呆が! と誰かから背中に渾身の怒りを込めた蹴りを喰らうような気がして、優しさは優しさになれない。悲しみは悲しみになれない。何もかもが厭らしい心の根元にあると思ってしまうのは、私の心が厭らしい腐った性根であるからだとばかり思う。どうしてこうも難しいの。彫刻刀とデザインナイフが走り抜けた手首は、写真に撮って嘲笑われたいほどに、はっきり云って超醜悪。
 (冒頭は小谷美紗子の「自分」の歌詞)
 観ようと思う映画が色々。映画館ではなく、DVDで観ますの。



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