「桜粒子」はじめ


寝癖が跳ねる髪を整えながら
お湯を沸かして紅茶を入れる

四月の朝の空気は
凍えるほど冷たくはないけれど
決して温暖でもないから
具合よく気が引き締まる

まばゆい光が世界を包む
ビルの群れを
住宅を
ベールピンクに染め上げていく
光が朝を告げていく

私の部屋にも入ったそれは
私の瞳を
私の髪を
そして部屋中の白い壁を染め上げていく

朝にしか咲かない
和やかな桜の光



春!




(c)はじめ



「テレビ」待子あかね


カメラを向けられて、にっこりとほほえむ
そんなあなたを見て、あたしもほほえむ
ずっと遠くから見ている
見えないところから、見ている

昼下がりの公園で
注目の的
踊り続けているあなたは
ずっとカメラを見ている

2日後、夕方のワイドニュースに
映るあなたを
テレビは

にっこりとほほえみながら
踊るあなたを




(c)待子あかね



「In Tears (泣く人)」cocoro


その人は突然現れた。
深くコートに身を包み
くしゃくしゃに泣いていた。
半歩ずつ歩みながら泣いていた。
コウノトリの求愛の声のように
深夜の裏通りに響かせた。

涙が見えた。
堰き止めることなく
一杯になった心の器から
涙が溢れていた。

"Are you all right?"

その人は立ち止まり嗚咽した。
溢れすぎて苦しくなるのだ。
口から溢れ出た悲哀を
身をかがめて
地面に吐き出した。
理想としていたことが
幻にすぎなかったと
悟ったあとに感じる
悲しみのように。

"I found myself be disliked so much..."

悲しみの深みに沈んだまま
力なく浮遊している。
それはあきらめだろうか。
それは休息なのだろうか。

"You will know the world is too large.
There're a lot of things time will tell."

言葉はまるでうすっぺらい
CMのコピーのように
ひらひら地に落ちる。
言葉を反芻することなく
立ち尽くす。

"I'm nothing here."

明日はあるのだろうか。
日はまた昇るのだろうか。

ゆっくりとその人は歩み去って行った。
0時を過ぎるには
まだあと
3分ある
ころ
に。




(c)cocoro



「第三次生クリーム戦争と世界の週末」リリィ


ハリウッド、馬鹿げた恋物語
一攫千金を夢見た誰かが今日も飛び降りる
奈落の底へ!

清潔なベッドの上にも
敗残兵が蹲る橋の下にも
死は平等に訪れる
冷たい悪魔の爪が
頬を撫ぜるのに気づいてる?
そのまま切れてゆくの
鋏を入れたシルクが真っ二つに割れるみたいにね

ほらほらビデオの時間
最先端の3D映像で誰かの乳房が揺れてる
マリリン・モンローはいなくても
街中どこでも一卵性大量児

ザッハー・トルテとアップルパイ
それに紅茶をつけてね
砂嵐が来たら逃げ出そう
キャットスーツに身を包めば
誰にも見つからない
過酷なシーンは一回で充分!


全部フィクションなら良いのにね
あんたの人生みたいにさ




(c)リリィ



「後ろ向き ほほ笑んで」山口清徳


ゆらめく風の去り際に僕は
君の後ろ姿を見失っていた

繰り返す夢を期待した君は
重苦しい現実に目を逸らし

ほほ笑む 後ろ向き
ほほ笑む 後ろ向き


そしてまだ消え残るその笑顔は僕を
更にまた深く闇へと突き落とし

あの時感じた温もりは今も
離れないから孤独は増してゆき
かき乱されたまま続く日々に

ほほ笑む 後ろ向き
ほほ笑む 後ろ向き




(c)山口清徳






「春の国」komachu


たとえば今から鉄の涙に乗って
おどろかせてあげたい
服に隠れたカサブタをめくってあげたい

三本の鉄塔にからまった飛行船
銀紙をほどいて
ちゃんと口の中で溶かしてから
また飲み込むんだ、チョコレート

アンプには繋いでいない
アンプには繋いでいない
次は何に依存していこうか
マーブル戦線で被弾した枕に頬をよせて
恐竜のころから好きだったと伝えたい
七色のナイフをもっと強く握って
ねぐらから出てきたところを突き止めてやる

たとえば今から泥のヨロイを身にまとって
君のウロコをひとつから数えたい
綱渡りの先を確かめたい




(c)komachu


「誕生日」にゃんしー

今日って、何月何日?

日進月歩ひび歩くつづく
カッポカッポ闊歩
Hi-Hoいつも世界のどこかで
アホが笑っている

RRR

惑星ワープする
ぐるんぐるん
コイン・ランド・LEEさんの名前は
ブルースを聞くthen6Fの窓
VISTAを越えて7が近づく





<a href="FUTURE">YES</a>


さきっちょがちょっと、

かゆい、

生まれる、




(c)にゃんしー



「箪笥の屋上は」石川順一


背が異様に伸びる手術の執刀を受けた
術後金太郎飴を切る様に6個に分けて
背の高さを調節した
タミフルが私の寝床で不随意運動をさせて居る所を
地味な道化師が万札を見せびらかし
ケシを栽培しながらケシケシケシ笑い
ケシケシ、エアハルト=ミルヒだった
ヒルミだったあの頃は




(c)石川順一



「深月」恣意セシル

青白い月明かりに照らされて
いよいよ暗く いよいよ深く
この夜は膨張していく

最後の最後 君が呼んだ
甘くて粘ついた声が耳の奥 エコーしてる
そこにあるのはモノクロのがらんどうなのに
17時きっかりの電車に乗って
19時きっかりにその部屋のドアを開ける

冷たく澄んだ窓越しに真円の月
雲に隠れながら嗤う
信じてたものをひとつずつ手放そう
記憶の身代わりに

あんなに深く繋がって
求めてでも足りなくて
世界が果てる温度を共有した
グラスが割れる刹那 光が散ってゆくように
僕ら喰いあって喰いちがった左側
もう 戻れない

今 こうしている間にも欠けていく月
同じようにして僕は君を失ったのだと思う
いよいよ弱く いよいよ確かに
この夜が膨張していく




(c)恣意セシル



「人間」こみちみつこ


“希望を失ったって辛い顔しなくてもいい。人間の振りなんてしなくてもいい”

 駅前でギター弾きが唄っている。

 ひとびとは通り過ぎていく。足を止めて聴いている若者が五人、ギター弾きの少年を囲む円を作りかけていた。円になるには、人数が足りない。

 わたしはその歌に耳を傾けながら通り過ぎた。

“だけど、きみと言葉を交わしたいから、通じる言葉を失いたくはない”


 半時間ほど経って戻ると、ギター弾きはひとり帰り支度をしていた。

 わたしは買ってきた水を差しだす。

 ありがとう、と言うときに口の端があがるのが可愛いと思う。昔から、この形の良い口が羨ましかった。わたしとは全然似ていない。

「姉ちゃん、一回通り過ぎて行ったね」歌声とは違うあどけない声で彼は言う。二十歳を過ぎても、わたしを姉ちゃんと呼ぶ弟をいつまでも子どものように感じてしまう。

 わたしも弟も同じ電車で同じ家へ帰るので、ふたり並んで駅を歩いた。家では日常的に顔を合わせている弟と、外でこうして並んで歩くことはあまりない。なんだか不思議に思えるようなおかしな心地である。

「今日は珍しく、励ますような歌を唄っていたね」いつも彼の唄うのは、甘ったるいラブソングか、さっぱり意味の解らない小難しい理屈を捏ねているみたいな歌詞のどちらかだ。

「ああ。あれは、ひとを励ましているように見せかけているけどじつは、真実を追い求める歌なんだよ」

 いつもの理屈歌だったらしい。

「どうして見せかけているの」

「人間の振りをしているんだ」

 意味が解らない。わたしは彼のことがあまり解らない。つくづく、弟は不思議な存在だと思う。よく似た環境に暮らすまったく違う人間。友だちや知らないひとよりも、わたしとは遠いひとのように思える。

「わたしはきょうちゃんのこと、よく解らないわ。宇宙人みたいなこと言うんだから」つい思ったことがこぼれてしまう。

 それを聞いて弟は嬉しそうな顔をしている。

「僕は僕が人間だと思っているから人間の振りをしてるんだよ。でもたまには、こっそり宇宙人の振りをしてみても良いと思う。本当はあれは、自分を励ましている歌かもしれないね。姉ちゃんは猫だから、解らんかもしれないけど」

 わたしが猫みたいだというのは家族の間でよく言われていることだ。家ではごろごろしてばっかりで、外に行くと猫かぶりをして澄ましているからだと言う。

 わたしが猫なのだったら人間の振りを余計に、頑張って振り振りしなくちゃいけないのではないか。

「きみも猫だよ、わたしの弟なんだからね」そう言ってやると弟は、なぜだかとても厭がっている。おかしな奴だ。わたしの弟だからかな。





(c)こみちみつこ



「タイムライン」河野宏子

泣くのはとっても気持ちがいい
あかんぼだって知ってる
だからもうテレビは消しましょう

人工の灯に紛れた、月のひかりを浴びにいく
悲しい映像にこれ以上慣れないように
瓦礫のない街から見上げるスーパーフルムーン
ぎりぎりまで近づいたのにこんな遠い

わたしを外に隔てる窓
その中のひとつひとつに時間が流れてるってほんとなの
バラバラのタイムラインを同じ方向に進んでる
街ってなんだ、国ってなんだろう
「わたしたち」の果てのない感じ、遠くまで
かすれながらつづく色とりどりの濁流

<橋を渡る。高層ビルと川に月>

想像してみる
電気の停まった街で
誰かの手のひらに汲まれている月のひかり
空を覆う見えない旗と
聞いたことのない明日の音楽




(c)河野宏子



「月とロマンチカ」泉由良


春を待つ夜
理科少年の天体観測望遠鏡への憧れはあるけれど
今はひとり
あまり良くない視力だけを便りにして
バルコニィから眺める
今日も見知らぬ夜
名前も知らない夜

更待ち月と呼ばれているらしいですよと
この星に一番近い衛星が語ってくれる
今夜はひとつおはなしをしてから沈もうかな
地球の衛星はそう呟いた

──わたくしは地球の衛星です
衛星とは地球に属しているものなのでしょうか
わたくしは大地に裏切られて飛ばされ投げ出され
それでも諦めきれずにぐるぐると巡っているのです
それはもう遥か昔のはなしなので今では何も
何も考えずにぐるぐるぐるぐる辿っております
時々自分の足跡が残っています
気持ちの色も残っています
軌道を巡るとはそういうことです

──大地に還ることは出来ません
わたくしには緑の山々もなく蒼い酸素もなく
大地の人間が放置した探索機が孤独にまみれて
砂に埋もれています
わたくしは近い星なので線引きがなされませんでした
線を結んで夜空の絵を想うには大き過ぎる光方をしているから
だからどの星とも恋に落ちたり寄り添ったり
裏切ったり裏切られたりすることはありません

「夜には名前をつけますか」
わたしは訊ねた
──貴女は既に「夜」と呼んでいるではありませんか
──わたくしにも「月」という名前をいつも貼るのでしょう

地球に住むわたしと地球の衛星のあなた
ひとつの線で結んでロマンチカな関係を重ねましょう

春風が吹き抜ける
月が少しだけ拒む

……夜が躰に溜まりすぎると毒でしょう
あなたが光っているからへいきです
……わたくしが光らない夜もありますよ
光らなくともあなたの影が判ります

そう、唇を寄せるけれど
その行為に名前はなくて
名前をつけないで下さい

名前をつけないで下さい
あの爪の形の輝きと眠らぬわたしの関係に
名前をつけないでください
バルコニィでわたしを抱いて
夜の裏側で抱いて
ロマンチカな夢を語りましょう
ロマンチカな夜を重ねましょう




(c)泉由良