作・佐藤碧

『"断続"的な鳥かご』



00

「それはしずんでいくさかなと濃紺の空、あるいは跳ね回る烏と青年と焼けた肢体、または濁流と街。目の前を行き過ぎるそういったものをうまくつかまえられないと、いつまでたっても"話"ははじまらないのです。」


01

壁は一面、杉のような深い緑の木々で埋めつくされていた。彼はぼんやりとした顔で、森の端に背の高い一本を描き足している。
「それはなに?」僕の問いに、彼は例の悲しそうな笑顔でひとこと、「わからない。」と首を振った。


02

先生は人間が嫌いで人形と暮らしちゃうような可愛そうな大人。
そしてその可愛そうな大人を慰める為の道具が、僕。


03

青の焔は地面をちろちろと舐める程度になって、とうとう声は聞こえなくなってしまった。
もう肢体は残っていなくて、土の上にはかさかさの薄くねずみ色がかった灰が散らばるだけだった。
「……わたしが死んだら、トーヤさんはわたしも、燃やす?」
トーヤさんは答えなかった。


04

自分は人喰いですから、ひとを喰わねば生きていかれないのです。
自分の親も、その親も、きっとそうして生きてきたのでしょう。しかし自分は、親というものを知りません。それでは自分には親などいないのでしょうか。そういう生きものなのでしょうか。よくわかりません。


05

ハインツがなによりも困っていたのは「枕」のことだ。
「もし僕が遭難して死んだとき、埋めてもらえないと困るんだ。」
君には遭難する予定があるんだ、と僕が云うと、「まあ、そういうあしたもあるかなってこと。」と彼は笑った。
そうしてハインツは、ある夜ラジオの修復をはじめた。随分と前に壊れてしまった、赤い、彼の一番のお気に入いりだったラジオ。長いあいだ部屋の隅に追いやられていたはずのそれをひっぱり出してきてハインツは、埃をはらいながら「あの枕がないとどうにも眠りが悪くて。」と云った。
ラジオは治った。
それでまた昔のようにぺちゃくちゃとしゃべるようになったので、ハインツは真夜中から明け方までを、ラジオと会話して過ごすようになった。


06

その森の王は名を持たぬ。その森も、名を持たぬ。森だけではない、森にあるありとあらゆるものは名を持たぬ。なぜなら、王は名を喰らうことで生きていたから。
名無しの王は孤独であった。


07

花喰いは覆いかぶさるようにして枸橘の花に身を埋め、そうしてなにかを確かめるようにゆっくり、ゆっくりと、静かに泣き崩れた。



──(c) 佐藤碧 ──


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