作・佐藤碧
『100文字の、』より




水を飲んだ男が死んだ。女は同じようにして後を追おうとしたが、飲めど飲めど、死ぬことはできなかった。おかげで村の井戸という井戸が涸れた。村人は困り果てたが、程なくして、女の流しはじめた涙で村は沈み、村人はみな死んだ。

(2010.10.14)



彼のダイニングにはまだわたしの薬指と小指があって、それぞれの先にきらきらした指輪がひっかけられていた。「きみの指がいちばんいい形なんだ。」彼はそう云って、きのう抱いたばかりだという誰かの舌を、ウェルダンで焼いて咀嚼する。ぐにぐに、ぐにぐにと。

(2010.11.11)



お喋りな薔薇はあまりに喋るものだから、王様の家来に首を切られてしまいました。王様は薔薇を愛していましたので酷く悲しみ、家来の首を切らせるともう喋らない散り散りの赤い花弁を小さな硝子の箱に入れ、生涯大切にしたということです。

(2010.11.15)



彼女の背中には不自然な傷跡があった。本人の云うことには、肩甲骨は翼の名残、らしい。「ここを切り開けばまた翼がはえてくると思うの。そうすれば、そのときはどこへだって行けるわ。」それで僕は思い出した。彼女の遺体は、確か鳥葬に出されたのだ。

(2010.11.17)



甘ったるい晴れの雨が降る日、決まって僕は傘を開く。靴を履き替えた彼女が小走りで隣に入って頭上を仰ぐ。鮮やかな瑠璃色の傘の内側には世界地図が描かれていて、彼女は一点を指して叫ぶのだ。アメリカ! 彼女はそれしか知らない。けれど何度も、何度も。嬉しそうに。

(2010.11.17)



雨上がりの路地、指輪をはめた右脚の小指が、しとと濡れた地面を這いずっていた。きっとまただれかがなくしでもしたんだろう、足元までやって来たそれを、僕は車道へと蹴りとばした。ひしゃげた指と僕の表情を見ても、隣のサカナはにこにこ笑うだけだった。

(2010.11.27)



"うつ"って書くと"ラフ"に似てるよね、と彼が云った。わたしは曇った硝子窓を指でなぞる。角張ったわたしの"うつ"。その先に見える、夜に積もった真白な雪。笑って、と彼が云った。わたしはぎこちなく唇を曲げて、思う。わたし、あそこを歩きたい。

(2010.12.3)




──(c) 佐藤碧 ──


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